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ころなうぃるすぅー

 題名からして頭悪そうな投稿ですね。
 まぁ、実際すずともも頭悪いので細かい政治実態だとか、いろんな人の諸事情とか分かんないので、そういう人の肝に触れてしまうかもしれませんが悪しからず。

 前置きもこんくらいにして、コロナについて思うことがあったので書き留めておきます。(あくまでも独り言)

いや、騒ぎすぎじゃね…

 なんか最近一気にテレビの枠がコロナウイルスに席巻されていきましたね。一躍有名人ですな。もう、コロナニュースの間に挟まるCMだけでもほんわかしてしまうほど、連日ころなころなころな。Twitterを見てもころなころなころな。(僕のTLはナナシス支配人のお陰でそうでもないですが笑)
 そりゃ、新しいウイルスなんだから増えてくのは仕方ないよね。
 そんな中、いろんな人の言動・行動、特に最近だと首相の発言に対して、みんなあーでもないこーでもないっていうけど、お前らどんだけ分かってんねんって話ですよ。所詮身の回りしか知らないツイ民の反論なんて効力も何もないんですよ。
 そう。効力なんてない。Twitterはあくまでも”つぶやき”。もっといえば独り言。もっともっと言えばネタ。そんなものに人は踊らされてトイレットペーパーがないというざま。ネタに正解も不正解もないし、ただの娯楽なんですよ。

 なぜ、SNSなどに人は踊らされるのか。それはもう、人間の情報リテラシーの欠如からでしょ。僕の母もそうです。漫才見ても、それをネタと受け取れない。ネタをネタとして受けられない人がまたそれを信じ切ってしまう。
 ただ、ネタと思うかそうでないと思うかは人それぞれ。だからこそ、漫才は漫才番組でするし、ニュース番組とバラエティー番組は区別されてる。それと同じように、言うならばネタを投稿するのがTwitterなんですよ。その人がどう思おうとTwitterの投稿はネタとして扱わないと。

 いや、別にTwitterの投稿を無視しろって言ってるわけではないよ?バラエティー番組でも事態の本質を突いたものはたくさんあるし。ただ大切なのは、元になってるのは”ネタ”だということ。

 このような誤解が起きてしまったのは、急速なネット界隈の成長から。よくわかんないけど何となくやってみようという人たちがネット内には溢れている。本来、ネットは高度な技術者しか使えないものだったのに、今では誰でも簡単に使えるようになって、いや~便利になったな。と思うばかりです。ただ、”便利になりすぎた”よね。


 ということで、「いや、騒ぎすぎじゃね…」というのは、人間の情報リテラシーの欠如なんじゃない?というお話でした。(わかってると思うけど、このブログもネタだからね?)


じゃあ、どうしたらいいのか

 情報リテラシーが分からない僕たちは一体どうすればいいのか。それは「上の指示に従う」ということ。

 初めてのバイト。まずは何をしますか?上司の指示を待ちますよね?まさかそこらへんで勝手に何か初めたりはしないですよね。つまり、初めての事にはまずは上の指示が必要ということ。
 今回の事態の1つを取り上げると、上の指示というのは政府(首相)の発言。つまり、休校要請。変なリテラシーが付いたせいで、Twitterなどでは支持する人、反対する人など大騒ぎ。だけど、それらはあくまでも”ネタ”だからね。

 会社の経営には、「トップダウン型」と「ボトムアップ型」という考え方があるらしい(詳しくは知らないけど。)。意味は言葉から何となく雰囲気をつかんで。そして、トップダウン型とボトムアップ型を両立している会社もあるという(最近のがっちりマンデーで知った)。
 ここで僕は、今の日本をトップダウン型とボトムアップ型を両立した会社と置換えた。つまり、トップダウン型にあたるのが、憲法や法律、行政の指示などで、ボトムアップ型にあたるのがにわか民であるTwitterに住んでるやつら。
 この二つはバランスを保っていないと会社は変な方向に曲がる(別にトップとボトムが常に半々という意味ではない。時と場合に応じて2つの型を使い分けるということ)。これを考えると今の日本はボトム民が圧倒的な力を持っている。トップダウン型に持っていこうとしても、できないのだ。

 安倍さんは多分こう思っている。
「誰も言うこと聞いてくれないなぁ。勝手になんでもやりやがって。」

 バイトの時は上司に従う。だけど、ネットに戻ってきた瞬間、勝手に何でもしだす。これが今までネットが普及していなかった時とは違う環境なのだ。ネットはネット内で収まればいいのだが、それを現実の世界に持ち込むやつらがいる。だから、けつが拭けなくなるのだ。

 現実の世界では、いろんな省や庁によって方面の専門知識・問題をもった「政府」という存在が休校を要請した。本来、なにも分からない一般人はそれに従うのが普通だろう。

 ただ、政府を潰したい人もいると思う。その人たちに向けて言いたいのだが、対応の仕方に正解も不正解もないということ。その対応が合っていたか合っていないかは事態が収まってからでないと分からない。政府が一生懸命発言をしてるのにそれを無視して別行動をすると、結果的に政府の発言が合っていたのか間違っていたのかが分からなくなってしまう。もしかしたら、自分たちがとった行動が悪かったかもしれない。そうなると、政府を追及する理由が無くなってしまうぞ。
 研究者向けに言うと、実験するのに複数の条件を変えて実験するか?って話。


 まぁ、信頼なくしてきた政府も悪いけど、国民は、もうちょっと素直になってもいいんじゃないかというお話でした。


政府が責任とるよヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ

 だいたい話したいことは終わったから、あとは雑談みたいなもんだけど、最後に政府が責任取るよっていうことについて。

 僕もそうなんだけど、人の揚げ足を取るのが好きな人っているよね。責任取るって言ってるんだからあれもこれも全部政府が責任取れよ!!!!っていう人。
 もちろん政府が責任を取らなくちゃいけないのは事実だよ。だけど、なんでもかんでも責任を取らせていいのかというとそこは違うと思う。

 責任を取らせちゃいけないこともある例として、大企業が「休校のせいで○十億円ほど損したんで~、政府負担して」っていう例。こういう会社が何個も増えると、政府の金銭的支出は莫大なものになる。今でさえ借金抱えた日本にそんなもの負わせたら政府崩壊しない?って話。

 政府が責任を取るのはあくまでも今回の件に関して。その他のことには責任負わない。政府の気持ちになって考えると、
「あ~またお前らこんなに金銭要求して。確かに責任取るとは言ったから損害分は払うけど、これ払って国運営できなくなっても知らないよ?国破綻して困るのはあなたたちだと思うけどなぁ」
 ということである。


 つまり、責任取らせる側は、あいつが責任を取ったせいで結果的に自分損しないかということを考えるべき。というお話でした。


 ここまで色々書いてきたけど、全部ネタの一部だからね!この文章には間違ったことも多いだろうからその辺りをきちんと踏まえるように。

 情報系にいる人間として、人々の情報リテラシーが良くなることを願ってます。

 ってことでTwitterは楽しいぞヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ

 すずともの独り言でした。

おわり